日本歯科大学附属病院内科 臨床教授
研修医の時に思ったことは,自分は「名医」と言われるようなことになるとはとても思えないな.どちらかといえば,「藪医者」になるだろう(患者さんには,迷惑であろうが……).このようななか「葛根湯医者」という話をきいた.「藪医者」の話だ.もとは落語らしい.内容は,以下のようなものである.江戸時代のこと。はっつぁん、くまさんといった天然代表のような人々が町医者に行き、「先生、頭が痛いんですが」「おいら、腹が痛いんで」と申し出ると、「ああ、頭痛なら葛根湯を飲みなさい」「腹痛? それなら葛根湯をおあがり」といったように、どんな病気でも“葛根湯”を処方されていたそうです。「はい、次はそちらの方」「いえ、私は付き添いとして来ただけで」「まぁ、いいから葛根湯をおあがり」なぁんて言うものだから、この町医者は“葛根湯医者”と呼ばれるようになって…という噺です(https://www.karakoto.com/sqops/).「名医」にはなれないなら,せめて「葛根湯医者」を極めようか……葛根湯をカゼ症候群の治療に使うということは,よくきく話だ.この葛根湯が上半身の痛み,顔の痛み,乳腺炎,肩こりにも効くという.これは今まで勉強をしていた医学からは,とても説明ができないし理解もできない.カゼのときに葛根湯を自分で内服してみると,15分くらいで眼瞼が熱く重くなり,30分くらいで眠くなってきた.45分もすると肩のあたりが温まったような気がしてきた.ひとねむりして汗をかくと熱も下がった.ほーほー,葛根湯のはたらきは,こういうものか.ちょっとわかった気がした.
肩こりのある患者さんからは,肩こりは筋肉が凝るので,マッサージなどをして筋肉の凝りをとるという.このことから筋肉の緊張のために頚や肩の血流が悪いことが,肩こりに関わっていることを考えた.葛根湯を患者さんがのむと1時間くらいすると,頚や肩が温まり,肩こりの症状がよくなるという.じゃ,葛根湯は頚や肩が温める作用があるのかな……などを考えているときに,サーモカメラを借りることができた.葛根湯内服前後の顔と頚部の体表温を記録した.肩こりに葛根湯が効いたひとでは,この例のように30分後,60分後,90分後,120分後と,緑色がオレンジ色になり頚部体表温の上昇が観察できた(図1).葛根湯が充分に効かなかったひとでは,この変化が大きくなかった(図2).葛根湯が頚部の血流を改善することで,頚部が温まったことが,肩こりを改善する効果を示す一因であることを考えた.
このことを論文に書くために調べていたら,葛根湯は顔の痛みをとる作用があるという.このはたらきに関して,サーモカメラによる顔面の体表温変化に関する葛根湯内服前後の検討がある.葛根湯は顔面の体表温を上げる. この変化は15分くらいが最も顕著だという(日東医誌1989,179).確かに私の検討でも,みなおしてみると内服後30分頃の頬の体表温が高い(この例ではスキンヘッドなので,頭の体表温も高い).葛根湯は求める効果によって,その作用発現時間が異なることが示されている.
葛根湯は葛根、大棗、麻黄、甘草、桂皮、芍薬、生姜などの7種類もの生薬を使用している(図3).これらの生薬を混合してつくる葛根湯は多成分系(図4).これだけ複雑な成分を有していてもひとつの漢方薬.葛根湯はカゼ症候群にも,肩こりにも,上半身の痛みなどいろいろな臨床効果がある.このような多成分系の漢方薬では一つの効果だけをみるのではなく,それぞれの効果がいつ発現するのかを考える時相薬理学というような,新たな研究領域を開拓する必要もあるのかな.「葛根湯医者」を極めるのもかなりたいへん.これをきっかけに,この後,日大で漢方の教育,臨床,研究をはじめることになる.
そして,漢方医学の国際化がすすみ,漢方医学の国際会議でベルリンを訪問.名物の白い大きなアスパラガスを食することになる,とは夢にも思わなかった(図5).