リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第22号投稿記事(2024年3月)  瀬川 誠 先生

私と漢方との出会い

瀬川 誠

山口大学医学部附属病院 漢方診療部 准教授

 
 私は1996年に大学を卒業後、母校の消化器内科学講座に入局した。医師になった当初は、漢方に関する興味はほとんどなく、漢方薬は治療の選択肢の中にはなかった。研修医を終え、大学院に進学し、昼は臨床、夜は研究という生活を行っていた。肝臓班の肝不全グループに所属した私は、肝線維化の研究に携わることになった。活性化した肝星細胞は肝線維化に関わる責任細胞であり、酸化ストレスや炎症性サイトカインがこの細胞の活性化に関与する。この細胞の活性化を抑制することが肝硬変の治療につながる。研究では、抗酸化作用を持つ薬物を投与し、肝星細胞の増殖能やコラーゲン産生能が抑制されるか調べる実験を繰り返していた。このような中で、漢方薬が細胞レベルで抗線維化作用を発揮することを知った。これが、私の漢方薬との初めての出会いである。
 漢方薬の臨床的な効果を実感したのもこの頃である。当時、病棟には多くのウイルス性肝硬変患者や肝癌患者が入院しており、肝炎治療はインターフェロンが主流の時代である。ある時、40代の女性患者が、原発性胆汁性肝硬変のため入院し、私が担当医となった。患者は肝不全が進行し、黄疸のため体は黄色く、早晩肝移植をしなければ助からない状況であることはすぐに理解できた。標準的な西洋医学的治療を行っても、黄疸がじわじわと悪化し、生体肝移植のドナーも見つからない状況で、患者は落ち込み、私もどうするかと考えあぐねていた。そんな時、先輩医師から茵蔯蒿湯を処方するようアドバイスを受け、半信半疑で投与した。すると、黄疸が急速に改善していき、退院できる状況まで改善し、肝移植を回避できた。私が茵蔯蒿湯の効果を実感した初めての経験である。その患者は、その後約2年かけて緩徐に肝不全が進行し、最終的には肝移植となったが、肝移植を2年間延長でき、その間にドナーを確保できたのは、茵蔯蒿湯のおかげだと考えている。約15年後、市民公開講座の司会を終えた私の前に笑顔で、先生、私のこと覚えていますか?と元気な声でその患者が現れた時は、驚きと嬉しさを感じると同時に、あの時、茵蔯蒿湯を使って良かったなあという思いを新たにした。
 そして、現在、私は大学で漢方を教える教員となった。私は、医学生に対し、漢方薬は本当に効くんだよ、漢方薬で命が救えることもあるんだよ、と伝えている。