リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第17号投稿記事(2023年12月)  及川 哲郎 先生

私と漢方との出会い

~ご縁と好奇心に導かれて~

及川 哲郎

日本漢方医学教育振興財団 理事
東京医科大学 教授
東京医科大学病院 漢方医学センター長

 
 私は1980年浜松医科大学に入学した。しかし当時、自分自身の頭の中に漢方のイメージはまったくなく、この時代なので当然漢方医学の授業もなかった。また部活に東洋医学サークルはあるにはあったが特別に興味もなく、学生時代は管弦楽団でバイオリンを始めた。
 1986年の卒業後、母校の第一内科に入局し大学病院の研修医となった。ここで漢方との最初の出会いがあった。北里東医研でも大変お世話になった伊藤剛先生は浜松医大第一内科の先輩であり、その伊藤先生が私の最初のオーベンだったのである。そして出会いは突然やってきた。ある日のこと、重症急性膵炎でTPN中の入院患者さんに、伊藤先生はなんと補中益気湯エキスを投与するよう指示したのだ。重症急性膵炎といえば絶飲食で膵臓を休ませるとばかり思っていた研修医の私は大いに悩んだ。こんなときに経口薬を処方していいのかな、しかも漢方薬なんて・・ということで、むしろ漢方にはネガティブイメージを持ってしまったことを思い出す。にもかかわらず、時を経て伊藤先生と今度は漢方でご一緒することになるとは、まったくもって不思議なご縁である。
 さて修業時代と研究生活を経て臨床に戻り、多くの患者さんを診ているうちもっと上手に治したいと思うようになった。当時の出向病院は高齢で多剤服用中の患者さんが大半であった。そんな折、患者さんから「こんなに強い薬が多いと胃も悪くなるし飲み切れないよ。漢方薬とかで治せないの?」と聞かれたことがきっかけとなり、漢方を独学で学び始めた。最初は半信半疑だったが結構よく効くので驚いた。製薬会社の講演会等に足繁く通い、実用的な治療学としての漢方への興味は強まった。そして1997年花輪壽彦先生に弟子入りし北里東医研での漢方研修を開始、勤務先の病院でも漢方外来をはじめた。花輪先生は浜松医大の1期生で、伊藤先生同様浜松医大第一内科の先輩でもあった。またご縁があった。
 40歳を過ぎ開業するか迷った末に、私は漢方を深めることへの興味が勝り方向転換、とうとう2003年北里大学東洋医学総合研究所に入職し漢方医として本格的にスタートを切ることになった。西洋医学から漢方医学へ頭をシフトチェンジするのにずいぶん苦労もしたが、その後北里東医研の副所長を拝命、漢方診療・教育啓発活動・研究・学会活動に打ち込んだ。そして時代が令和となり、統合医療の実践を行いたいと思っていたところにこれまた有難いご縁を頂き東京医科大学に移籍、新たな環境で漢方診療・教育・研究や総合診療を行い、2019年に開院した新病院での漢方医学センター立ち上げに取り組んだ。現在は大学病院にふさわしい最高レベルの統合医療実現を目標に掲げ活動を続けている。
 一時は本気で開業を考えていたので、我ながらずいぶん方向性が変わってしまったと思う。日頃から好奇心を持ち続けること、ご縁やチャンスを大切にすることを心掛けているが、振り返ってみるとその到着地点が私の場合は漢方医学であったのではないかと感じている。