リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第32号投稿記事(2024年10月)  中田 佳延 先生

私と漢方との出会い

中田 佳延

湘南病院  東洋医学センター長・内科部長
東海大学医学部 専門診療学系漢方医学 准教授

もっと早く知っていればよかった。過去を思い返すと、まさにこの感情に苛まれます。当時の患者さんの満足度を上げられたかもしれないのに、今考えると知らなかったことが非常に悔やまれる。無知ほど怖いものはないとはまさにこのことで、漢方の良さを知るまでは頭の片隅で異質なものだと思っていました。いや、そもそもどうやって処方してよいかもわからない。思い出すこと当時、慈恵医大で循環器を専門としていた私は、医局から出向を命じられて茨城県の大洗海岸病院へ半年ほど行くことになりました。そこで断らない医療を勝手に標榜し、昼も夜も働いて常に眠さと戦っていました。あまりにも疲れていたので薬剤師に話したところ、「補中益気湯いいですよー。」とのこと。それは何かと尋ねたところ、「漢方」との回答に「えー、本当に効くの?」と半信半疑な返しをしたが、「だまされたと思って飲んでみてください。」というので、飲んでみました。すると、15分ぐらいして体の芯が暖かくなり、やる気が出ることを体感しました。だからといって、そもそも患者さんに処方するほどの技量はなかったので、すぐに漢方をたくさん処方したわけではありませんでした。その後、外来に、「疲れた。もうだめだ。」と言い続けて独学で全身にお灸をして火傷だらけになった患者が来ました。その患者は西洋医学的精査で正常であったので、「よく寝てください」とか「それは治りません」と伝えたものの、ある時“そうだ補中益気湯を使ってみよう”と思いました。1日3回で処方したところ逆にハイになってしまうという結果でしたが、今思うとこのエピソードは初めての成功体験でした1)。
出向が終了すると、しばらく循環器診療の中で漢方を出すチャンスに恵まれなかったものの(いや、使えることを単に知らなかっただけでした。)家族が体調不良で受診した時に漢方を処方されるのを見て、意外に処方されるもんだと感じていました。私が漢方をよく処方するようになったのは、湘南病院に一旦就職(東海大に就職するときに一旦退職している)したときで、そこで独学で漢方の効果を目の当たりにするようになりました。書籍を読み漁ったり、講演会を聞きに行ったりして、その中で秋葉哲生先生に憧れるようになりました。独学ではこれ以上伸びないと考えた自分は、秋葉先生の診療を学びたく自筆で手紙を書きました。ここから、漢方の専門医への道が開かれたわけです。秋葉先生は、診療の合間に一言キーポイントを述べられましたが、これはすべて私にとっての大切な口訣です。さらに、秋葉先生からご推薦いただき新井信先生と出会い、東海大で漢方を専門に研究する機会を得ました。新井先生は、漢方が多くの人に受け入れられるには、我々がいかにわかりやすい言葉で伝えられるかが大切と語りました。

新井信先生(真ん中)とご一緒に

 漢方と出会って人と出会い、これは一生学びたいと思える学問に出会ったことを意味しました。漢方界でご活躍されている方々との出会いにより、人生の幅が広がりました。漢方を知らなかったら、お会いすることのない患者さんもいました。漢方は問診を大切にするので、心を開いてくれる患者さんも多く、彼らの歩んできた歴史に感服することもあります。さらに、漢方を知ったことで診療の幅が広がり、今では漢方なしの診療は考えられなくなりました。また、高校時代に全く読めずにあきらめていた漢文を、毎日読むようになりました。このように、私の人生に大きな影響を与えてくれた漢方医学です。今現在の私は、“漢方というこの古くて新しい医学を、幅広く伝えていきたい。”そう思い、そう願ってやみません。

【参考資料】
中田佳延 No.404 【東海大学漢方外来から】 漢方薬は“薬”であると強く認識させられた瞬間 私の漢方診療日誌 Vol.15 No.20 通巻322号 2018年10月24日発行
https://www.kampo-s.jp/web_magazine/back_number/322/rensai-322.htm