リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第40号投稿記事(2025年4月)  小西 郁生 先生

私と漢方との出会い

~Precision Medicineと漢方療法~

小西 郁生

日本漢方医学教育振興財団 理事
国立病院機構京都医療センター 名誉院長

 女性のヘルスケア向上のためには古くから漢方療法が用いられてきたが、これを現代医療に導入すべく、平成26年、京都大学医学部附属病院の産科婦人科外来のなかに「女性漢方外来」を立ち上げた。当初、同門の蔭山充先生と志馬千佳先生に参画いただき、その後、江川美保助教が引き継いでとても頑張っている。特に、江川助教は月経前症候群(PMS)で苦しむ女性の治療に取り組み、顕著な成果をあげてきた。重症の月経前不快気分障害(PMDD)の患者さんは月経前に錯乱状態となり、従来、精神科のみで治療されていたが、両科が協力して治療にあたるようになり、ホルモン療法と漢方療法を上手に組み合わせることで普通の生活が可能となり、ついには妊娠・出産にいたることもできるようになったのである。私自身も最近、女性ヘルスケア外来にて漢方薬を用いることが多くなり、更年期障害に対して桂枝茯苓丸が著効する例、PMSに対して抑肝散が有効な例、冷え症に当帰芍薬散が良く効く例を多く経験している。
 一人ひとりの体質の違いに応じて特異的な処方を選択するという漢方医学は、個別化医療が注目される今、大きな脚光を浴びている。医学・医療は元来、経験の積み重ねに基づいて築かれた体系であったが、1990年代からのEvidence-based Medicine (EBM)の時代が到来した結果、治療方針決定には統計学的な根拠が厳しく求められることとなった。エビデンスレベルが導入され、ランダム化比較試験とそれらのメタアナリシスが最高レベルで、一方、教授たち専門家の意見が最低レベルとされたのである。しかしながら、EBMに基づく標準的治療は平均的な患者さんには有効であるものの、疾患の多様性や個人個人の違いには全く対応できない。本来、集団から得られたデータを一人の人間に直接的に当てはめることは無理なのである。
 ところが、21世紀に入ってから、このEBMのもつ弱点を包括的ゲノム解析によって乗り越えることができないか?と様々な試みがなされるようになり、がんゲノム医療がその先頭に立っている。今や、医学・医療の理想である個別化を重視するPrecision Medicine時代が到来したのである。近い将来、漢方においても、まずは血液検査等で様々のバイオマーカーを検索することにより、個人個人の体質が客観的に示されるようになるのではないか? さらに人工知能(AI)も導入されて、漢方医学の「気・血・水」が数値で表され、有効処方例(AI推奨)も自動的に表されるようになるのではないか?と期待に胸が膨らんでいる。