リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第18号投稿記事(2023年12月)  小松 弘幸 先生

私と漢方との出会い

小松 弘幸

宮崎大学医学部 医療人育成推進センター 教授
同附属病院 卒後臨床研修センター センター長

 
 今回、当財団の方からリレーエッセイへの寄稿のお声かけをいただきました。正直、私がこれまでで最も頭を抱えてしまったご依頼でした(笑)。リレーには「前の者の意志や役割を引き継ぐ」という意味もあるようですが、私にはこれまでの先生方のような漢方に関する素晴らしい学びの経験や示唆に富むエピソードがありません。私は1998年に天理よろづ相談所病院の総合診療部で臨床研修を開始し、2000年に母校の宮崎大学へ戻った後は内科専門医・腎臓専門医として診療や研究活動に従事しておりましたが、2006年から本院の卒後臨床研修センター専任、2008年からは本学の医学教育センター専任となり、この約18年間は教育や組織のマネジメントが主たる業務となっています。したがって、週2回の血液透析患者の診療という限られた場のみで、漢方薬の使用経験も感冒時の葛根湯、下肢つり時の芍薬甘草湯、不眠時の抑肝散投与など極めて限定的です。本学医学教育センターでも、臨床実習の中でケーススタディ型の漢方学習を行っていますが、私自身の経験不足もあり、漢方に興味のある他の講師に担当していただいているのが現状です。

臨床実習の様子
(担当講師:安倍弘生先生) 

 そんな私が漢方について当事者意識を持つきっかけとなったのは、2021年より当財団の研究助成事業の選考委員会委員として活動する機会をいただいたことです。「漢方診療経験に乏しい医師に選考委員が務まるのか」というご指摘はごもっともです。一方、本事業では、「医学生・研修医への医学教育における漢方医学教育のシステム構築を図り、漢方医学教育の進歩・発展に貢献する独創的な研究」への支援を目指しており、私のこれまでの卒前・卒後医学教育への取り組みや視点が、選考委員としてのみならず、「漢方医学教育のシステム構築」に少しでもお役に立てるかも…とこの数年で思い始めております。
 少し話が変わりますが、令和6年度の医学部入学生から適用となる『医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版』の改訂に関する調査研究チームメンバーとして、漢方医学に関する学修目標の改訂にも直接かかわる機会をいただきました。今回のコアカリ改訂版では、アウトカム基盤型教育のさらなる展開として新たな10の資質・能力に紐付く形での学修目標の再編成が行われました。この中で漢方医学は、CS(Clinical Skills:患者ケアのための診療技能)の「治療(計画、経過の評価)」(CS-02-04)の項目で、「漢方医学の特徴、主な和漢薬(漢方薬)の適応、薬理作用について概要を理解している」(CS-02-04-14)と記載されました。私は、卒前医学教育における漢方医学の学修目標が診療技能の「治療」の項目に位置づけられたことには大変重要な意義があると思っています。令和5年度より共用試験が公的化され、共用試験に合格した医学生は「臨床実習生(医学)」として、診療参加型臨床実習の中で限定的ながら医行為の実施が可能となります。もちろん、医学生単独で薬の処方はできませんが、臨床の現場で漢方薬処方を含む漢方診療がどのように実施されているのか、学生が当事者意識を持って実践的に学ぶこと、そして医学部卒業後の臨床研修時に自らが漢方診療を実践することを後押しする流れだと思っています。
 当財団の研究助成事業へは、学生の興味を惹き付ける仕掛けや緻密に設定された学修方略を有する素晴らしい研究が申請されてきます。選考作業は想像以上に大変なのですが、自分にとって大変有意義な時間でもあります。採択研究については、専門性の追究よりも全国的な普及や汎用性に重点を置いたものが多く、自大学でも導入してみたくなります。一方で、現在は全国どの医学部でも“curriculum overload”と呼べるほどの過密状態があり、せっかく素晴らしい取り組みが示されてもカリキュラムに導入する時間的な枠が確保できず、これが卒前漢方医学教育の全国的普及・均てん化の障壁の1つになっている印象があります。

 最近手元に届いた、「第71回日本東洋医学会学術総会の特別企画『次世代に継ぐ卒前卒後漢方医学』の講演内容に基づく論文集」という冊子を拝読しました。2016年の「漢方卒前教育の基盤カリキュラム」策定から2020年の「基本がわかる漢方医学講義」上梓を経て、漢方医学教育の標準化や普及が進んでいることを学びました。そして、各先生方の漢方医学教育を普及・発展させていくんだという強い意志と情熱に改めて感銘を受けました。毎年、臨床研修指導医講習会を開催していますが、複数の参加者から「学生時代に医学教育の理論や方法なんて教えてもらったことはない。でも目の前に研修医がいるから対応しないといけない」とのお声をいただきます。これを私と漢方の関係で置き換えると、「学生時代に漢方の理論や方法なんて教えてもらったことはない。でも目の前に漢方薬を希望される患者さんがいるから対応しないといけない」と少し似た構図だと感じます(もちろん、本来は漢方薬が必要かどうかを含めきちんと問診、診察、判断しないといけないのですが…)。私の年代では、同じような状況の医師がそれなりにいるように思います。そして、この年代層の態度や思考は、何もしないと若い医師世代にも影響を与えると思います。そうならないためには、やはり卒前医学教育における漢方医学のしっかりとした位置づけと実際の学びの場が最も重要なのだろうと思います。今年で50歳を迎えた私自身、これから「漢方初学者の視点で漢方医学教育の中で自分に何ができるか」を模索していきたいと思います。