リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第35号投稿記事(2025年1月)  平出 敦 先生

漢方との出会い・・・冥王星のような遠い存在

平出 敦

明治国際医療大学 特任教授

 正直なところ、漢方は、特に漢方診療は今でも遠い存在である。実際、今回、お話できるのは漢方診療ではなく漢方教育との出会いである。
 臨床医となって、当初は救急診療に、特に重症治療に携わってきた。それも重症外傷、広範囲熱傷、急性中毒など限られた病態を診療していた。大阪大学では、これを「特殊救急」と称していた。所属して15年ほどしたころ、大学内に総合診療部を創設することになり、麻酔科教授から突然、お呼びがかかった。当時の大阪大学特殊救急部は、はっきり言って“外科くずれの武人”の集まりだったので、内科の上品な先生方の集団に自分が加わるのには強い不安もあったが、思い切って飛び込んだ。
 それから6,7年したところで、今度は、京都大学の教授会から突然、お呼びの電話がかかってきた。教育をしろということであった。個人的には、ひそかに京都大学が一番と、根拠なく思っていたので、すぐに承諾して、自分にとっては未知の地に飛び込んだ。
 するとほどなくしてメーカーからコンタクトがあって、京都大学に漢方教育を取り入れてはどうかという誘いをいただいた。周囲に相談すると、絶対反対だと明言する教授もいたりして、めんどうくさいのでお断りしようかと思ったが、実はその理由が思いつかない。何しろ漢方は、「冥王星」ぐらい離れているので、お断りする言い訳すら思いつかない。そんな状況だと正直に伝えると、一度、講演会に参加したらどうかと提案を受けた。そこで講演を聞くと、漢方はよいと異口同音にいう。疑心暗鬼で参加し続けていたが、2つだけ、納得できることがあった。1つは、「些末」だと思われる患者の悩みに真剣に取り組んでいる医師たちが存在するということである。腹鳴が大きい、おならが臭い、多汗である・・・

京都大学の学生実習:漢方薬煎じ体験漢方薬の実習

どれもこれも、命に別状ない、、、診察室で患者の前で一笑に付していた。こうした悩みに、真剣に向き合う医師たちがいることは大きな驚きであり、自分が恥ずかしく思えてきた。それと、画像や臨床検査で原因が突き止められない患者に対して、別なアプローチがあるということにも驚かされた。銃弾爆撃のように検査をして、「今の医学では、わかりません」と追い返した患者の中には、もう少し証をみながら継続的に検討した方がよかったケースもあったように思えてきた。
そんなこんなで懺悔感にさいなまれ、とりあえず、教育に取り入れることにした。写真のような煎じ器は、京都大学をやめて救急に戻っても、主に救急診療スタッフのために活躍した。それでもなお、漢方は冥王星ほど遠い存在である。近年、冥王星は太陽の惑星の位置づけからは除外されて準惑星になってしまった。すなわち漢方が冥王星というのではなく、漢方の周りを、長い時間をかけて公転する自分が冥王星なのである。