リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第1号投稿記事(2022年6月)  伴 信太郎 先生

私と漢方との出会い

伴 信太郎

日本漢方医学教育振興財団 理事長
愛知医科大学医学教育センター特命教育教授
中津川市地域総合医療センター長

 私の漢方医学との出会いは、漢方医学教育振興財団の創立 5 周年記念講演会の中で触れたことがありますので、今日ここで書く内容は既にご存知の方もあるかと思います。 私が医師免許を取得したのが 1979 年でした。これまで 43 年間臨床に従事してきましたが、前半の 20 年間は全く漢方薬を処方したことはありませんでした。時々患者さんが「こんな漢方薬が欲しい」と漢方薬名を言われたときにその処方をすることがある程度でした。当時は、漢方薬の効果の大半はプラシーボ効果か、話をよく聴いて対応することによる簡易精神療法的な効果であろうと考えていました。

 そのような私が漢方薬の処方をするようになったのは、慢性疲労症候群の患者さんとの出会いがきっかけでした。私の専門領域は総合診療で、あらゆる健康問題の窓口となることが使命の一つです。そのために、他の診療科で「原因不明であり対処の方法無し」とされた患者さんが来られます。そのような病態の一つに筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: ME/CFS)があります。私が1998 年に名古屋大学に赴任した当時、東海地方でこの疾患(当時は慢性疲労症候群と呼ばれていました)を診療する医師は極めて限られていました。これといった治療的介入ができないために、当初は治療可能な疾患(精神疾患や身体疾患としては内分泌疾患、代謝性疾患が多かった)を鑑別して何とか対応していましたが、身体疾患が見つかる確率は 10%もありませんでした。
 このような時に、総合診療科に中国から留学していた中医の先生から、中国には‘虚労’という概念があるということを教えられ、彼女のアドバイスに従って半信半疑で漢方薬を使い始めました。西洋医学は病因が判らないと治療的介入が困難です。しかし、漢方医学体系は、「異病同治」と言われて、病因が不明でも今どのような症候が出現しているかということを見立てる(証を弁じる)ことによって、その原因がウイルス性であっても、過労であっても、精神的なストレスであってもアプローチすることが可能です。原因を問わないのです。今となってはどのような漢方薬を使用したかは覚えていませんが、何とかこの疾患に対処できるツールを一つ手に入れることができたと感じました。
 症状の改善に安心し過ぎて重症疾患の早期発見の機会を逸することが要注意ですが、今は漢方薬の確かな手ごたえを実感して、ME/CFS 以外のレパートリーを少しずつ広げています。
 日本で独自発展させてきた世界に誇れるこの治療体系(Japanese Kampo)を、西洋医学的な体系とミックスさせて発信するお手伝いが少しでも出来たらと思い、この財団の仕事をしています。